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特別功労賞

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金田 伊功

アニメーター

原作マンガを動かすことが目的だった頃―「似せる」ことを見る側もつくる側も求めていた時期に、そのビジュアルは突然現れた。ダイナミックなパースペクティブのなかに予想もつかない奇想天外なアクションを設定し、それを大胆なフレーミングで切り取る―そこにはロジックを超えた描き手の本能からもたらされる情熱や美学がほとばしり、観る者の魂を揺さぶった。そして何よりもおもしろく楽しく格好よかった。斬新なイメージを生みだす傑出したセンスでそれらのカットの原画を担当していたのが金田伊功氏である。昨年7月に突然、その自由に動かしつづけてきたキャラクターたちのように、駆け抜け、天高く舞いあがって逝ってしまった。
その影響はのちのアニメーションに限らず、映画、ゲーム、現代美術とあらゆる視覚伝達ジャンル―まさに本芸術祭のフィールドに深くおよんでいる。その今日における多大なる影響と功績を称えるとともに、その継承を願い、特別功労賞を贈呈する。

プロフィール

金田 伊功

KANADA Yoshinori

日本

1952年奈良県生駒郡斑鳩町に生まれる。静岡県立気賀高校へ。1970年より東京デザイナー学院に学び、東映動画(現・東映アニメーション)に入社。『魔法のマコちゃん』(1970年)で動画デビュー。退社後、荒木伸吾氏主宰のスタジオZ、野田卓雄氏主宰のスタジオNo.1へ移籍、『大空魔竜ガイキング』(1976年)で作画監督となる。『無敵超人ザンボット3』(1977年)、『無敵鋼人ダイターン3』(1978年)といったロボットアニメで注目され、さらに『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(1978年)、『銀河鉄道999』(1979年)、『幻魔大戦』(1983年)などの劇場用長編アニメーションでも重要なシーンを作画した。
『風の谷のナウシカ』(1984年)からスタジオジブリの『天空の城ラピュタ』(1986年)、『となりのトトロ』(1988年)へと活躍の場を移した後に、『ファイナルファンタジー』(2001年)の制作へ参加し、スクウェア・エニックスに入社後『半熟英雄対3D』(2003年)などのゲームのオープニングアニメーションなどを担当した。
約40年にわたり、直接多くの後輩を育てたほか、その作品を通じて影響を受けなかったアニメーターは業界にいないといわれている。
2009年7月21日、心筋梗塞により57歳で逝去。

( 2009 )

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