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アート部門

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審査講評

特異点を超えて、 ふたたび

森山 朋絵

メディアアートキュレーター/東京都現代美術館学芸員

本芸術祭が第20回を迎えるタイミングでアート部門審査に参加し、創設から間近に見てきたその動向を、なかからも注視する機会を得た。今回はメディアアート、情報美学、人工生命、イオテクノロジーの専門家たちと議論しながら作品を選ぶという興味深いシチュエーションであった。選考委員の尽力を得ても、2,500点を超えるアート部門応募作から賞を選ぶ作業は厳しい。しかし例えば建築家、コレオグラファー、工学系研究者、ジェンダー系作家らとつねに思考を言語化して議論し決戦投票する海外の「どアウェイ」な審査や国際会議に比べれば、軸足の置き場が違うメンバーがわずかでもシンパシーを感じ作品の本質を論じ合えたのは幸いだった。その証左か、「記述(ディスクリプション)」についてメタ認知的に問う試みや、極めてサイトスペシフィックかつゼネラルな音と光に圧倒される空間作品、集合知を想起させるインスタレーションやパフォーマンスが高く評価された。過去の受賞作を俯瞰すれば、インタラクション系も高精細動画もVR工学系もコンセプチュアル系やバイオアートも台頭しては見慣れた分野となり、アルケオロジーを形成している。一方で私たちは、困難と知りつつ、誰にも似ていない作家や表現との出会いを夢想する―つくり手への絶対評価と相対評価に逡巡し、優れた才能ほど期待と厳しい目で見てしまう。今回は、国際的な協働を含みながら、ある意味ドメスティックなつくり手らが上位を占めた。「いかにもメディア芸術祭的」などという見方もありそうだが、同時に「メディア芸術祭育ち」の才能を真摯に育んできた成果を前向きに評価できないだろうか。また、歴代の受賞展風景を見れば(国際コンペティションの作品選定は、受賞作展示とは無関係に決定されるべきだが)、あくまでニュートラルに各作品を扱うという条件下で、高度なノウハウの必要なこの領域の展示が、エレベーションや特徴のある会場を変遷するうちにグルーヴ感を増したのがわかる。文脈にそって受賞作をフローリッシュに見せる受賞作品展が、次に目指すもののひとつなのかもしれない。前回までに述べてきた通り★1、「メディアアート/メディア芸術」は既存の価値観からの異化と飛躍を経た長い「転化」のプロセスにある。変容するテクノロジーやサイエンスを乗り物に「芸術の拡張」を志向するゆえに、それは単に「電子技術を表現媒体としている芸術」ではない。前主査・中ザワ委員が指摘したように★2、第20回では「デジタル技術を用いてつくられた」という規定が募集要項から外れ、精緻なアナログの構造体やバクテリアで描画する作品が賞を得た。第21回では、あえて振興のため「新しい技術を用いた最新の芸術」と主張する「近過去としてのメディアアート」から脱し、工学的技法や価値観の流入、現代美術的な評価軸という戦略からも開放され、「そもそもこれは何なのか?」と皆が分析に困る、謎めいた作品が現れ大賞となった。そして今回は「綿毛」が風に揺らめく造形までもが登場した。プログラミング教育必修化や8Kの創作機会が増える一方、過去の東京オリンピック・大阪万博・アポロ計画をなぞるような社会の動きのなかで、「高速伝記」的なレボリューションの縮図が生まれたのかもしれない。メディアアートが「現代美術の一分野か/むしろ従来の現代美術と遮断されているか」、「独立すべきか/包含されるべきか」という議論はアンビバレンツである。「メディアアートの民主化」の一方で、過去の作品は時に聖遺物としての運命を辿る。アートミュージアムを離れ乗り物を変え、エフェメラルな魂はどこへ向かうのだろうか。もはや「現在の美術」ではない戦後美術としての現代美術に対して、それはダークマターのように厳然とそこに在る。メディアアート/メディア芸術は大きな流転のなかにある―では「わたしの戦いはいつ終わるのだ......?」★3流転のただなかにあって、一体どこが特異点だったのか―今は誰にもわからないそれを、やがて視る日を楽しみにしている。註
★1─拙著「メディアアート/メディア芸術、次なる10年のために」『第21回文化庁メディア芸術祭受賞作品集』、p.243、2017年/同「不易流行のこころ―変わりゆくもの、変わらないもの」『第21回文化庁メディア芸術祭受賞作品集』、p.241、2018年
★2─中ザワヒデキ「審査を通じたメディア芸術批判と国家への提言」『第21回文化庁メディア芸術祭受賞作品集』、pp.238-239、2018年/中ザワヒデキ+阿部一直+石田尚志「これからの『アート部門』を考えるキーワード」、前掲書、pp.242-247より
★3─光瀬龍(原作)、萩尾望都(絵)『百億の昼と千億の夜』2巻、秋田書店、1978年より、阿修羅王の言葉「この世界の外にさらに大きな世界の変転がありさらにその世界の外に世界がそしてまたその外にもさらに永遠に世界がつづくのならわたしの戦いはいつ終わるのだ......?」

プロフィール

森山 朋絵

MORIYAMA Tomoe

メディアアートキュレーター/東京都現代美術館学芸員

筑波大学大学院在学中の1989年より学芸員として東京都写真美術館・映像工夫館の創立に携わる。東京大学大学院、早稲田大学、バウハウス大学ほかで教鞭を執りつつ、国内外で約50本のメディアアート展を企画。2007年より現職。文化庁派遣によりZKM、MITメディアラボに滞在し、J・P・ゲッティ研究所コンサルティングキュレーター、アルスエレクトロニカ・グランプリ審査員、SIGGRAPH Asia 2008(シンガポール)にて日本人初のArt Gallery / Emerging Technologies議長、NHK日本賞審査員などを歴任。文化審議会専門部会委員などの活動を通して、メディア芸術拠点としての公立文化施設の成立と展開、テクノロジーと芸術の協働や展示支援をテーマに研究と実践を行なう。主な企画展に「イマジネーションの表現」「絵コンテの宇宙」「超[メタ]ビジュアル」「文学の触覚」「名和晃平─シンセシス」「吉岡徳仁─クリスタライズ」「ミッション[宇宙×芸術]」、文化庁メディア芸術祭海外メディア芸術祭等参加事業、文化庁メディア芸術祭愛知展「CODE」。主な著作に『映像体験ミュージアム』『Meta-Visual (French Edition)』(共著・監修)など。

( 2017 )

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