今年度のフェスティバルへ

エンターテインメント部門

部門トップに戻る

審査講評

人を楽しませるつくり手の意志と芸術表現

遠藤 雅伸

ゲームクリエイター/東京工芸大学教授

エンターテインメント部門は作品の形態が多岐にわたる。それゆえ他にははまらない形態の作品が集まり、異種格闘技的な混沌が生まれる。そのなかで審査の方針としたのは、エンターテインメントとして人を楽しませようとするつくり手の意志と、芸術としての表現で、作品の評価には2つの側面がある。そして技術的なアプローチの独自性にも注目した。特に技術を無駄遣いして、受け手にスゴい物をそれと気付かせずに見せる所には共感させられた。今回大賞となった『チコちゃんに叱られる!』は、振り切れたキャラクターをCG技術で自然に見せ、テレビ放送というメディアの大衆性にマッチさせた、良質なエンターテインメントであった。二頭身のデフォルメキャラは、日本では広く使われる可愛い表現だが、等身大にするという発想の転換を技術が後押しして、魅力的に仕上げている。「ボーっと生きてんじゃねーよ!」が流行語大賞にノミネートされたのも、本放送より再放送の方が視聴率が高いのも、テレビという媒体が終わっていないことを感じさせた。気付かれない技術として、『LINNÉLENS』もAIを応用し、水族館や動物園の見方に違和感なく革新をもたらしている。サーバーに接続しなくても機能する部分は、情報端末の技術向上による。これは技術が進歩する限り、メディア芸術には新たな可能性があることを示唆している。逆に誰にでも分かる力押しな見せ方も、素直にその凄さを認めた。『Perfume×Technologypresents"Reframe"』は、ステージを構成するセットをブロックごと動かし、そこにプロジェクションマッピングで世界を創る荒っぽい手法だ。これはPerfumeだからこそ成り立つのかも知れないが、それゆえ作品として見ごたえがあった。エンターテインメント部門には6つの作品形態があるが、複数にまたがったり、この枠に収まらない作品も多い。『歌舞伎町探偵セブン』は、「代替現実ゲーム」の一種である。しかし演劇的な表現や、歌舞伎町の不動産を有効利用し参加者に街を徘徊させるコンセプトは、空間表現に相応しい。このような作品は、応募する方もどの分野で応募するか迷うところだと思う。しかしどんな作品であれ、エンターテインメントの範囲であれば、必ず正しい評価ができる審査体制なので、むしろ審査委員を悩ませるような問題作に期待したい。一方『TikTok』も最後まで議論された作品だ。これはアプリケーションで応募されているが、純粋にエンターテインメントを目的としてつくられた物ではない。むしろ参加者がコンテンツであり、コミュニティも含めてエンターテインメントとした、今年を代表するムーブメントだ。新しいメディアが、それ自体はアートではないとしても、エンターテインメントなアートを生み出すツールとして文化的なシーンを創る形は、メディア芸術祭でこそ評価すべきと我々は考えた。今後も新たなメディアが生まれるのが楽しみである。若いアーティストの思いを、新人賞では大きく評価している。技術的は稚拙であっても手づくり感溢れる作品には、作者の今後の成長が期待される。実写の動画作品は映像分野へ応募されるが、短編映像2作品には作者の思いを強く感じた。『水曜日のカンパネラ「かぐや姫」』は、不思議な衣装と非CGの表現に、手の届くところでつくり切る良さを感じた。『春』は、設定のリアルさとナマな老人の演技が魅力的であった。文化庁が主催するコンテストとして、日本文化にフォーカスされた外国人作品は、今後の応募に対する指針とする意味でも高く評価した。『PixelRipped1989』の作者はブラジル人女性であるが、作品は日本の80年代ゲームへのオマージュが感じられた。VRを利用しているなど、まとまりのある作品で古さは感じられず、むしろ今ならありがちなシステムである。しかし、作者がゲームキャラクターのコスプレでプロモーションをしている姿は、ゲームのみならず日本のポップカルチャー全体への愛が感じられた。

プロフィール

遠藤 雅伸

ENDO Masanobu

ゲームクリエイター/東京工芸大学教授

1980年代よりアーケードゲーム、家庭用ゲーム、PCゲーム、カードゲーム、携帯電話アプリゲーム、スマートフォンアプリゲームなど、あらゆる分野でジャンルにとらわれず多くの作品を制作してきた日本ゲーム作家の草分け。現在はゲームに関する教材の考案などに力を入れ、後進クリエイターの育成に努めるとともに、日本におけるゲーム研究の牽引役として活動している。

( 2017 )

部門トップに戻る