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エンターテインメント部門

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審査講評

道具としてのメディアの時代

齋藤 精一

株式会社ライゾマティクス代表取締役/クリエイティブディレクター

メディアはインフラやガジェットの変化とともに、変化・進化してきた。メディア表現、特に芸術の役割は、そのメディアをどのように進化させ、どのような可能性があるのかを探求することにあると言われ続けてきた。何が芸術で何がエンターテイメントなのか、その境界線はどんどんと曖昧になり、その結果として商業的にアートを語られるようにもなった。今年のエンターテインメントの受賞作品を見てもわかるように、大きなうねりであるメディアの進化を一区切り置くようなラインナップになったと思う。人はデジタルに行き過ぎるわけでもなく、テレビを忘れることも無く、物理的な体験や見る体験を求めている。メディアが「消える」、バーチャルに「集約される」などと言われてきた過去もあったが、今の時代まで長く進化を続けたメディアも近年のデバイス・テックの進化によってできたメディアも均等に、知らずのうちに評価され、それらが混在する時代を迎えたかに見える。これは「テクノロジー」というバズワードによって、予測不可能とされてきた分野が中和して道具になったことを意味するようにも感じる。エンターテインメントはアートとは違い、万人に向けて発信されるものであり、使える状態にあるもので、エンタメ=楽しさを入り口にすることで複雑さや文脈を容易に取り込むモチベーションを与えてくれるものである。近年のテクノロジーの目新しさではなく、表現するために何の技術が必要なのか、消費者やマーケットは何を求めているのかなど、バックキャスト的な発想がある。まさにメディアがエンターテインメントに融合したひとつの大きな進化だと思う。表現者と消費者の関係がさらに近くなり、多くの人が表現できる時代になった今、エンターテインメントの分野が今後どのような進化をとげるのか。予想するのは難しいが、個人的に今後、人はますます体験を求めるようになる気あする。人間は人間らしく記憶のソース=体験を求めるのは自然なことで、テクノロジーがその体験をより強く新しいものにしてくれるような気がしてならない。

プロフィール

齋藤 精一

SAITO Seiichi

株式会社ライゾマティクス代表取締役/クリエイティブディレクター

テクニカルディレクター。ライゾマティクス代表。

( 2011 )

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