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三上 晴子 インタビュー

三上 晴子

2005年

80年代に工場の廃墟や地下施設、研究所の無菌室などで行なったインスタレーションで、注目を浴びたアーティストの三上晴子氏。近年では、身体や知覚に目を向けた作品で国内外から高い評価を得ている。2005年11月にスウェーデンで発表された新作をはじめ、視覚や第6の知覚である重力に着目した最近の作品について、またメディアアートを取り巻く海外と日本の違いなどに関して語っていただいた。

メディアアートかどうかは周囲の環境が決定する

メディアアーティストになろうと思ったきっかけを教えてください。どういった背景があって、メディアアーティストとして活躍することになったのでしょうか。

私は84年から現在まで21年間、さまざまなインスタレーションや個展などの作品制作を行なってきて、今でも肩書きはアーティストであり、メディアアーティストになろうと思ったこともありませんし、そのような肩書きは外部の環境がつけていくのだと思います。

メディアアートという言葉さえなかった1991年に、観客の脈拍をインターフェイスとしたリアルタイムなインタラクティブ・インスタレーション『Pulse BEATS』(P3オルタナティヴミュージアムにて、現在P3 Art and Environment)という作品を発表しましたが、この作品はその後『Borderless under the skin』という作品にバージョンアップし、北欧やウィーンの美術館で展示されました。今であったら完全にメディアアートに分類されると思いますが、当時はそのようには言われていませんでした。ということで、90年代以降の私の作品をそのように呼ぶのだと思います。

普段の生活のなかで、制作活動のインスピレーションとなるものはありますか?

インスピレーションはあまりありません。それぞれの作品のプランを立てている期間や制作期間中は、その作品のことを中心に考えていて、そうすると色々なものが寄ってくるというような感じです。夢を見るとか、あるいはそのような本に出合えるとか、詳しい人に会うとか、色々あります。ただ、作品のことを考えていないと、それに関係するさまざまなことは素通りし、まったく出合うことはできないと思います。

新作『Desire of Codes』:欲望をあらわにするIDコード

スウェーデンから帰国されたばかりですが、ストックホルムでの展覧会で発表される新作について教えてください。

『Desire of Codes』という新作でスウェーデン、ストックホルムの中心にあるKulturhusetで行なわれている「CONTENT」という展覧会に出品します。私の作品は2005年11月11日から2006年2月26日まで展示される予定です。

この展覧会は現代美術の展示で、インタラクションを行なうのは私だけですが、作品は電源を入れるだけで動くようになっています。この作品はコード化された社会を「欲望のコード」として展示しています。バーコードが刻印された60個の小さな動く物体が、観客の動きに合わせて吸い寄せられるように発光しながら、観客に向かって動いてくるというインタラクテイブ・インスタレーションです。

現在、定着しているバーコードは消費社会におけるさまざまな事象のIDを決め、さらに進化を続けていて、欲望が発生した瞬間に欲望を満たします。コードに情報をもたせることにより、顔写真に本人の情報、パスポートに犯罪履歴、運転免許証に違反履歴、病院診察カードに持病やアレルギー体質などを入れることが可能となり、多くの個人情報が日々コード化されています。人間にもDNAという認識システムがありますから、これらの身体のIDにもバーコードがつけられ、個々の身体と祖先までの情報がコード化されていく日も近いかもしれません。『Desire of Codes』の空間では、IDコードが欲望を剥き出しにして、まるで蛍や蚊のように観客に寄ってきます。この空間に入ると、壁全体に小さく蠢(うごめ)く作品群が設置されており、これらが観客の動きに合わせるように発光しながら近づいてきて、別の場所に移動しようとするとさらにそれらの作品群が追いかけてきます。この作品群は人間の皮膚のようなマテリアルで構成されていて、そのひとつひとつにはIDコードが刺青のように刻印されているのです。

『Molecular Informatics』:日常の視線の動きをとらえること

視覚をテーマにした作品『Molecular Informatics(モレキュラー・インフォマティクス)』で、体験者の「視線」のデータを収集し、情報そのものを展示するという発想が生まれた経緯、また実際に収集した情報を見て、制作者側として興味深かったこと、新たな発見などについて教えてください。

多少は予想内のことでしたが、実際におもしろかったのは、バージョンアップしていくなかで、フランスでの展示の際、一卵性双生児の5歳の子どもがまったく同じ視線を描いたということです。視線入力は目を動かすのではなく、たとえば、前に、横に、と考えるだけで、あるいは無意識に動かしていくだけで視点が動いていく脳と直結したプロセスですからこのようなことも起こるのです。

これは最終的に視線入力によって描かれた個々の軌跡のデータです。人によってさまざまな形態が生み出されています。作品の体験は1秒1秒違ったイメージを投影していくというリアルタイムの消えゆく体験となっていますが、この軌跡のデータはVer4.0から保存してあります。

このように、視覚の実験である『モレキュラー・インフォマティクス—視線のモルフォロジー』は、1996年のプレミアから2003年までバージョンアップをしながら世界各地で発表しているプロジェクトです。視線によって3次元空間に形態を生成していくインスタレーションで、「視ることそのものを視る」、「無意識と意識の連鎖」という2つのコンセプトから、空間と身体のダイアローグ環境を再考していくものです。市販のビデオカメラのオプション機能として装備されていた視線入力モードを使ってみたら子どもの成長記録画像に他のまったく関係ないアトラクティヴな人物や背景が本人の意図とは別に映っていた、というように、視るという行為には無意識と意識との間のプロセスが現れてきます。

このテクノロジーは体の自由が奪われた人のコミュニケーション手段として、視線だけでキーボードを入力していくという研究にも応用されているので、訓練をすれば意識的にコントロールはできます。しかしこの作品では、いかに視線でコントロールできるかということよりも、これら視線によって生じた意識と無意識の亀裂が、予測不可能な連鎖となって空間に投影されていく「無意識と意識の連鎖」を表現することに主眼をおきました。

ここで使った視線入力デバイスは体験者の目の大きさや瞳孔の違いなどを考慮して、はじめにキャリブレーションという個々の視点を合わせる作業を行なうことにより、自由に視線がコントロールできるようになります。 ここでは観客の目の動きだけがナビゲートしていく手段となります。画面にはアイコンはなく、ただ暗闇があり、観客の焦点は仮想空間のなかを漂い、視点をおいた場所にジオメトリーが自動生成され、その点が線から軌跡となっていきます。視線の動きは3次元空間上の移動にあわせてリアルタイムにXYZ軸に数値化され、瞬時に自らつくった視線の軌跡の連鎖形態のなかに取り込まれます。X軸とは横方向、Y軸とは縦方向、Z軸とは奥行きを示し、体験者の視点が画面にとどまるとき、軌跡は前に進みます。同時にこのインスタレーションでは動くプロジェクター、つまり体験者の視線の位置変化に連動した角度に振れながら動くプロジェクションによって、インスタレーション空間全体が「観客の視線情報」で構成されるのです。

『gravicells』:私たちは精神までも重力に縛られている

『gravicells(グラヴィセルズ)』はどういった作品ですか?

この作品は建築家の市川創太さんとのコラボレーションで、参加している体験者全員の動きと変化が、センサーを通じて音・光(LED)・画像の動きとして生成され、空間全体が大きく変容していく体験型のインスタレーション作品です。GPSにより展示空間が同時に位置計測され、受信している複数のGPS衛星も作品の力の一部となり、地球の外部における観測点を取り込んでいます。これは、私たちの知覚領域が拡張されたものとして、インスタレーションの場も重力によって、常に運動している相対的場であることを認識できる空間です。

『gravicells』で重力に着目されていますが、その発想はどこから生まれたのでしょうか。重力を意識するようになったきっかけや、実際に作品を制作するうえでの苦労した点、テクノロジーが可能にしたことなどについて教えてください。

先に言ったように私は身体の知覚機能をインターフェイスとしたインタラクティブ作品を制作してきていますが、視覚、聴覚、触覚、あるいは第6の知覚、重力覚と言われている重力など、それぞれのインターフェイスを個別に研究、制作しながらプロジェクトを進めています。

あちこちで言われていることですが、私たちの身体は内耳にある三半規管が重力をとらえ抵抗しています。車に乗ってほんの少しこの知覚を揺すぶられただけで酔ってしまうほど、重力と身体の関係性は深いと思います。私たちは重力からは逃れられないのです。

知覚を補助し身体機能を補完するものとして、目には眼鏡、耳には補聴器があるように、内耳には人口内耳があります。これは重力という知覚を補う装置で、長年の重力の歪みで内耳が衰えた老人も、人工内耳を着ければ転ばなくなるといいます。人はこの世に出て歩きはじめるまでの間にこれらの重力覚を整えていくともいわれています。重力とは「すべてのものがお互いに引き合う力」であるという出発点から、この作品はつくられています。

苦労した点ですが、この重力という壮大なテーマをいかに日常レベルの作品にするかという点、あるいはフリーフォールのような遊具的なものにするのではなく、デジタルな龍安寺石庭のように、見ていても、体験していても思考することができる空間、作品にいかに仕上げていくかという点が難しかったです。

この『重力と抵抗』プロジェクトはさまざまなバージョンへと発展中ということですが、今後、将来的にどのように発展させていく構想がありますか? 現在のテクノロジーでは不可能でも今後実現させたいことなど、お聞かせください。

当初2000年時点では『水のないプール』というような作品を構想していました。これは光と音だけで25mの空間を表現するものです。プール(水の中)では縦軸の位置でかなりの変化がありますよね。プールで水の中に顔を入れたときと顔を上げたときとでは、圧倒的な身体の変化、視聴覚の変化がありますし、底の方に行くと水圧でさらに違う変化がある。そういうことを空間で表現した、方向性に関しての作品をつくりたいと思っていました。これは胎内と外というような重力覚の話にもつながります。重力と抵抗プロジェクトのほかにも、このようにテクノロジーや予算的に現状では難しいプランがかなりあります。これらを実現させていきたいと思います。

作品の特徴としては、すべてのデータは3次元で計算していますが、プロジェクターが2次元であるため、床と平行に設置したLEDのバーによって、3次元でその位置に歪みが達すると光るようにしています。アンバランスな床には、圧力を等しくした水のチューブが埋め込まれていて、水というアナログなものとその先のセンサーとコンピュータというデジタルなものとがつながっています。通常床面のデジタルセンサーは1か0で、オンとオフだけを感知しますが、この水圧センサーは0から1000までの値を感知し、観客の体重、傾き、スピード、観客同士の関係性などを計算しています。

海外と日本におけるメディアアートの現状

ニューヨークを拠点に欧米で活動されていましたが、日本をメディアアーティストの活動の場としてとらえたときに、今後日本にどういった発展を期待していますか。

私は、視線入力の作品もキヤノンアートラボで短期間展示しただけで、あとはオランダ、ドイツ、スペイン、フランスなど世界各地を回っているほうが多いのです。『gravicells』にしても今はICCで1ヶ月ほど展示していますが、YCAM/山口情報芸術センターでの展示のあとは、オランダ、ベルリン、イタリア、フランス、オーストリアとヨーロッパで展示している期間が長いわけです。ですからあまり、東京での活動状況には詳しくないのです。

ただ、ヨーロッパでは、たとえばコンピュータや機材のレンタルは企業からの無料提供が多いのですが、これはアートの展覧会をサポートすると税金面で優遇されるとか、そのような国のシステムの違いによるところが大きいと思います。あとは、各フェスティバルが非常に長く続いているなど、国や市からサポートを受けながら存続していく持続性があります。

日本でもキヤノンアートラボやNTTインターコミュニケーションセンターが非常に厚くメディアアートをサポートし、海外でも有名でしたが、持続性が問題でした。ICCは来年度から展示をしないという話がありますが、本当に今の体制で持続してもらえればかなり嬉しいです。文化庁メディア芸術祭も若い世代にとって非常に励みとなる公募展だと思います。私の研究室の大学院1年の平川紀道くん(『GLOBAL BEARING』)も優秀賞を受賞してから、いくつかの展覧会に出品していますし、作品展が行なわれる東京都写真美術館では、マンガなどを目的に来た観客の多くがメディアアートを体感していくわけですから。NHKのデジタルスタジアムにも何人かの学生が出演し、この企画も大いに役立っていると思います。

日本にもいくつかのプレミア展示ができるメディアアートセンターができてほしいです。やはりこれは、そこに関わる人材の力が大きいというか、人材がすべてだと思います。2005年現在、プレミア(制作費を出していただいて新作をつくることができる)で展示ができるのは私が知るかぎりではYCAM/山口芸術情報センターぐらいだと思います。ほかにもあるのかもしれませんが。ギャラリーのキュレーターにも興味をもってもらいたいと思います。

これからメディアアーティストを目指す人たちへ

日本でメディアアーティストを目指す人にひとことアドバイスをお願いします。

私は、2000年から多摩美術大学の情報芸術コースの中のメディア芸術研究室とサウンド&メディアアート研究室で教えています。

学生の作品はすばらしく(これは本当に)、みなインタラクションやコンセプトやプログラムを駆使して、かなり高度なインラタクティブ・インスタレーションを作成しています。現在大学院1年の大畑さやかさんはすでにICCで作品展示をしたり、4年生の前川くんは「未踏ユース」(注)で賞をとり美大でソフトウェア開発をしたり、反対にまったくコンピュータを使わない、外での大規模なインスタレーションを行なう学生がいたり、本当に日々進化しています。

私は他のメディアアート系の大学の講評会などにも行きますが、学生たちの作品はどれもおもしろいと思います。ということでアドバイスはあまりないです。今のままでいいというか…。

もし、アドバイスがほしい人は研究室までポートフォリオを送ってきてください。とにかくメディア系のアーティストはたくさんいる!しかしそれを展示するスペースがまったくといっていいほどない!というこの現実をなんとかしなければならないと思います。

今、私の学生には「今、日本メディアアートセンターとか東京メディアアートセンターをつくっても誰も競合がいないから、展示するスペースやセンターを君たちがつくったらどうだろう」と言っています。私は1984年にナム・ジュン・パイク氏とのパフォーマンスでデビューし、その後の1985年のサッポロビール恵比寿工場廃墟(現、恵比寿ガーデンプレイス)で自主企画の展覧会をしたときから、その後NYに行くまでの10年間、自主企画で、しかも無料で、さまざまな場所(クリーンルームなど)で展示をしてきました。作品を見にきてくださる方が非常に多く、集客、宣伝など多くの人の協力もあって、かなり恵まれていましたから、当時ギャラリーを借りて展示をすること自体には反対だったのですが、2000年多摩美術大学就任当時、自分の学生がアルバイトをしながらギャラリーを借りて展示する過程を見て、考え方が変わりました。今はギャラリーを借りてでも展示をするように、つまり自分の大学など身内以外の他者に作品を見せることが重要だと言っています。

(注)未踏ユース:個人又は数名のグループを対象として、独創的なソフトウェア技術や事業アイデアを公募しその開発を支援する制度。http://www.ipa.go.jp/jinzai/esp/index.html
構成:岸田 麻矢
※三上晴子氏は2015年1月2日に逝去されました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

プロフィール

三上 晴子

MIKAMI Seiko

日本

アーティスト。多摩美術大学美術学部情報芸術コース助教授。1984年から情報社会と身体をテーマとした大規模なインスタレーション作品を手がけ、1992年から2000年までニューヨークを拠点に、おもにヨーロッパとアメリカで数多くの作品を発表する。1995年からは知覚によるインターフェイスを中心としたインタラクティブ作品を発表。アルスエレクトロニカやベルリン・トランスメディアーレをはじめ、海外での展覧会も数多く行なっている。2004年スペインの Diputacion De Malagaから作品集を出版している。

( 2005 )