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新旧テクノロジーをリミックスさせる「若き魔術師」のハイブリッドな感性

和田 永

2010年

受賞作『Braun Tube Jazz Band』は、役目を終えつつあるブラウン管テレビを楽器として使用し、自ら演奏もするというもの。映像に触れることでそれを音に変換する姿は、まるで魔術師のよう?その誕生秘話をはじめ、新旧テクノロジーのハイブリッド感覚あふれる創作の原動力を伺います。

『Braun Tube Jazz Band』

偶然の「うっかり」が生んだ新楽器

2010年2月の文化庁メディア芸術祭会場でもライブを敢行した『Brown Tube Jazz Band』は、ブラウン管を「叩く」というユニークな楽器であり、パフォーマンス作品ですね。誕生の経緯を教えてもらえますか。

きっかけは偶然で、大学に入りたての頃です。ある日、古いブラウン管テレビにオーディオをつなごうとした時、うっかり音と映像の端子を逆に挿してしまった。そうしたら見たことのない光のストライプ模様が画面に現れて、それがとても神秘的で奇麗だったんですね。それ以来、ときどき同じことをやって眺めていました。若干、中毒的に……(笑)。

そのうちふと、この光ってテレビが勝手に変換してしまった「音の映像」だとしたら、逆にこの映像をもう一度音に戻すこともできるのでは? と思いつきました。とにかく好奇心で実験してみることにしたんです。

実験とは、具体的にどのように?

発想はすごくシンプルで、まず例の「音の映像」をデジカメで動画撮影します。今度はそのデジカメをアンプにつなぎ、映像情報を音声として流すという真逆のことをやってみた。そうしたら……もとの音楽がかすかに聞こえてきたんです! その瞬間はすごく感動しましたね。鳥肌が立ちました。隠された法則を見つけたというか。詳しい原理は後に知ったのですが、当時は情報も少なく、一人で探索するのが一番早い方法でした。だからこそ、驚きも大きかった。

「音を観る/映像を聴く」という体験

楽器化が実現したのには、さらにもうひとつの発見がありました。ブラウン管にその「音の映像」が出ているとき、つながっていない近くのアンプからも、小さく音が聴こえてきたんですね。驚いて試行錯誤してみると、旧式のテレビからは電磁波が出ていて、アンプはそれを拾っているらしい。つまり映像も、音も、電磁波も、同じ波のまま、姿を変えながら存在しているんだ! と気づいた。その瞬間、これを楽器にするアイデアがスパークしました。

まず色々な「音」を「映像(光の模様)」としてビデオテープに録画し、複数台のビデオデッキとテレビで再生できるようにします。この時、自分で描いた「模様」も録画したりしました。そして、自らの手を使って、テレビからの電磁波をキャッチして演奏を行います。奏者が打楽器のように画面を叩くことで、電気の波が身体を伝わり、靴につないだケーブルからアンプへと流れて音が出る仕組みです。映像パターンの切り替えや、デッキの動作等をPCで制御できるようにしました。

作品をつくる人であると同時に、その演奏家でもあるわけですね。

新しく考えた道具や演奏方法と、それを使って何を表現するかが僕の場合一体になっていますね。その道具でしか出せない音色や、それでしか表現できないものがある。なので、展示だけではなく、その場でのパフォーマンスを大事にしています。

演奏することでもまた発見がありましたか?

「絶対音感」じゃないですけど、「絶対映像音感」みたいなものがついたような。あ、この模様は「ラ」だな、とか(笑)。音と映像の関係性が面白いですね。映像の世界でいう「拡大/縮小」は音でいう「ピッチの高い/低い」でしたし、「白黒反転」は恐らく「逆位相」です。情報の不思議を体感しました。そしてまた、やってみて改めて、演奏する姿と音とが地続きの楽器だなと思いました。つまり観衆は音を観て、映像を聴くというような。

また、テレビ局が僕の作品を取材する際、模様の映ったテレビをクルーが撮影する訳ですけど、よくよく考えれば、それが放送された全家庭のテレビ、もし旧式のブラウン管テレビだったら、アンプに差したケーブルを持ちながら画面に触れば、僕からの秘密の音が聞こえる訳です。そんなことにも気がつきました。これは隠された秘密の機能ですよ…!

今だからできる「新旧技術のハイブリッド」の醍醐味

『Braun Tube Jazz Band』に先立って展開している『Open Reel Ensemble』 についても教えて下さい。第12回文化庁メディア芸術祭協賛事業の学生CGコンテスト入賞作でもあります。

これは旧式のオープンリール式テープレコーダーを、本来の用途ではなく「楽器」として用いて音楽を演奏するプロジェクトです。現在4人のリール奏者とともに各地でライブを行っています。その場で声や生音をテープに録音して、巻き戻して再生、手で直接リールを触ることで音を加工したり、リズムを刻んだり、といった「手順」が音楽を形づくります。

オープンリールに最初出会ったとき、小型化に向かうこの時代に、古い機械の「鎮座」する感じの大きさに圧倒されつつ、ファンタジックでスタイリッシュな機械として映りました。そして名前の通り構造がむき出しで、邪道な使い方を許してくれる余地があった。そこが冒険心をくすぐったんです。リールの動きと音とが視覚的に結びつくこの機械ならではの表現の可能性に心惹かれています。

古いものを活かす一方で、USB端子で自作の基盤とノートPCにも接続していますね。

これはもはや旧式の不便な機械なんですが、これでしかできないことを残した上で、どうやって楽器として特化させるか?ということで、現代の技術の登場なんです。配線のON/OFFをデジタルで制御して機械の動作を瞬時に切り替えたり、繰り返したりできるようにしています。

シンセでやれば?って言われそうですが、それではこの風景は生まれないんです。これはひとつの映像作品でもあるんです。

『Open Reel Ensemble』

原動力は妄想癖?

こうした機器が比較的安く手に入る時代や環境だからこそ可能だった面もあるのでしょうか。

確かにそうですね。ブラウン管テレビって、今500円くらいで買えるんですよ。他のものも壊れているものだったらとても安く手に入る。最初に気軽に遊べるからこそ、日夜実験してしまうんですよね。

もしオープンリールがまだ生産されていたら、すごい機能が付随されていたんじゃないか、どこかの地域でブラウン管は民族楽器なんじゃないか、そんな「もしもの世界」を夢見ることもあります。いずれビッグバンドにして、作品を積み上げて音楽の祭典を開きたい。夢ではなく、絶対に実現させます。その意味では、どちらもまだまだ未完成作なんですね。

ご自身の創作態度を語る際に、思想家のイヴァン・イリイチの言葉「異なった使い方をした道具には、環境を豊かにするチャンスが宿っている」を引用してもいましたね。

ちょうど自分がこういうことをやるようになったころにこの言葉を知って、言い当ててるなと思いました。ある使い方で広く普及してきた道具の価値が下がってしまうとき、そこに新しい役割を見つけ出す宝探しのような感覚があるんです。

世界のとらえ方を自由にする、アートという「冒険」

文化庁メディア芸術祭の受賞後に何か変わりましたか?

これをきっかけにより多くの方に見て頂き、知ってもらえました。オファーも多く、今年は夏からドイツで展示とパフォーマンスをしたり、いろいろと忙しくなりそうです。来年にはリリースの話も進んでいます!

今後も楽器をつくっていく予定ですか?

すでにある2つの楽器でもやりたいことが盛り沢山なのに、次にやりたいことも浮かんでしまったりして、もう破裂しそうですね……。これはずっと先で良いのですが、あったかもしれない録音方式みたいなもの、つくってみたいです。僕はやっぱり物理的な現象を応用したメディアに興味がありますね。神秘的であるし、魔力を感じます。

今後も日常に隠されている面白いことや、物に宿っている秘密の機能を探っていきたいです。空想の歴史であったり、誤読、誤用みたいなものを扱えるのがアートだし、そこに思わぬ価値が生まれたりする。それらが集合して、新しい演奏や音楽が生まれるかもしれない、そんな冒険を今後もやっていきたいです。衝動のままに…!

プロフィール

和田 永

WADA Ei

日本

1987年不時着。物心ついた頃に、ブラウン管テレビが埋め込まれた巨大な蟹の足の塔がそびえ立っている場所で、音楽の祭典が待っていると確信するに至る。しかしある時、地球にはそんな場所はないと友人につっこまれ、じゃあ自分でつくるしかないかと開き直り、日夜ブリコラージュ。

( 2010 )